税理士/前原 貴之
これは私の経験したエピソードである・・・・・
大阪市内のある税務署に転勤して2年目の10月頃、私は法人課税部門の自席で税務調査先の選定事務を行っていた。通常、税務調査先の選定事務は統括官(課長級)が行うのだが、統括官が多忙だったり、調査事案に愛着を持たせる目的で上席調査官以下の調査担当に、それぞれの調査先を選ばせて、最終的に統括官がチェックして、調査実施の指示を行うケースもある。
ではどのように調査先を決めるのかというと、基本的に税務調査の対象となるのは、問題点(追徴税額)がありそうな会社である。
具体的にどのように選ばれるのかは、次の事項を総合勘案して決定される。
① 前回調査からの経過年数
前回調査または設立日から3期(年)以上経過している会社が対象となる可能性が高いが、申告においての異常計数が多い会社や、資料情報があるため早く調査を実施しなければならない会社においては、2期(年)あるいは1期(年)が経過した時点でも税務調査実施の候補に選ばれるケースがある。
② 申告においての異常計数が目立つ会社
例えば、前期に比べて売上が増加しているにもかかわらず、営業利益や申告所得が減少している会社や、例年に比べて多額の経費計上がある企業などの異常計数が目立つ会社は、税務調査実施の候補に選ばれる可能性が高い。
③ 資料情報がある会社
資料情報は蓄積しており、その中で脱税行為(重加算税対象)の問題点ありの可能性が高い企業については、税務調査実施の候補に選ばれる可能性が高い。
④ 前回調査で脱税行為(重加算税対象)を行っていた会社
前回調査で脱税行為(重加算税対象)を行っていた会社は、また同じ誤ちを繰り返す可能性があるとともに、是正状況についても確認する必要があるので、税務調査実施の候補に選ばれる可能性が高い。
⑤ 長期未接触法人
申告においての異常計数もなく、問題のある資料情報もない企業については、通常は税務調査実施の候補からは外れるが、前回調査から5期(年)以上経過しており、ある程度の売上金額や申告所得がある企業は、定期検診という意味合いで税務調査実施の候補に選ばれるケースがある。
10件程度の調査先候補の過去の申告状況や資料情報カードを確認しながら、調査先選定を行っていた私は、㈱A社の資料情報カードに目を奪われてしまった。
資料情報カードの内容は、㈱A社がB塗装㈱に工事代金を支払っているとのことであったが、工事内容が○○邸外壁修繕塗装工事となっていた。
㈱A社は金属製造業で、副業としてマンションを一棟所有して不動産賃貸業を営んでいるが、工場・事務所やマンションの外壁修繕塗装工事ではなく○○邸の外壁修繕塗装であった。
しかも○○邸とは、㈱A社の社長Cの個人宅だった。
早速、統括官にその旨を報告して㈱A社の税務調査を指示してほしいと申し出たが、社長Bの個人宅及び㈱A社の工場・事務所及び賃貸しているマンションの外観調査の結果によって判断するとのことであった。
翌日、社長Bの個人宅及び㈱A社の工場・事務所及び賃貸しているマンションの外観調査を行ったところ、不動産登記では築20年以上の社長Bの個人宅には、最近、外壁修繕塗装工事が行われた形跡があった。
また、㈱A社の工場・事務所及び賃貸しているマンションの外観調査を行ったところ、最近、外壁修繕工事が行われた形跡がなかった。
外観調査を行った後、判明した事実について統括官に報告したところ、統括官は即座に㈱A社の税務調査を行うようにと指示した。
その後、㈱A社の顧問税理士を通じて2週間後に㈱A社の税務調査を行うことを事前通知した。
2週間後、午前10時に㈱A社に赴いて社長Cと経理担当者、顧問税理士に挨拶するとともに調査協力を要請して、会社概況の聴き取りから調査を開始した。
会社概況聴き取り後、帳簿調査を行うという通常の調査の流れで、B塗装㈱への修繕塗装工事費の確認に取り掛かった。
B塗装㈱に支払っていた修繕塗装工事費は、マンション外壁の修繕塗装工事として修繕費として計上されていたが証拠書類が領収証しかなく領収証の但し書きには「マンション外壁修繕塗装工事」と記載されていたが、その筆跡は金額や宛名の筆跡と異なっていた。
「請求書」や「見積書」について質問したが、社長Cは「確かに保管していたが、他の書類に紛れてしまったのかな。」などの曖昧な回答しかしなかった。
とりあえず、B塗装㈱からの「請求書」及び「見積書」を探して1週間以内に提出する旨の約束を取り付けたが、その後1週間経っても提出されなかった。
B塗装工事㈱への反面調査を行うしかないと判断した私は、統括官に状況を報告して反面調査の実施の了解を得た。
2日後、B塗装㈱の反面調査を行った結果、次の事実が判明した。
① B塗装㈱に支払った修繕塗装工事費は、社長Cの個人宅の外壁修繕塗装工事費であることが「請求書控」及び「見積書控」から判明した。
② B塗装㈱が所持している「領収証控」の但し書きの欄が空欄であったので、㈱A社の社長Cが「マンション外壁修繕塗装工事」と記載した可能性がある。
後日、顧問税理士立ち会いのもとで、これまで把握した事実内容について社長Cを追及したところ、既にB塗装㈱から反面調査が行われたとの連絡を受けていたみたいで、あっさりと観念して、個人宅の修繕塗装工事費を会社の経費に付け込んでいた事実を認めた。
このような不正経理を行った理由としては、少しでも経費を多く計上して法人税等の納税額を減らして、今後の事業資金を確保したいということだった。
社長Cは、今回の件は深く反省して。二度と絶対にこのような不正経理を行わないと私に誓ってくれた。
これが、大阪市内のある税務署の2年目に経験した出来事だった・・・・・・・・・・・(終)
税理士法人Real&cloud(大阪市(天王寺・あべのハルカス))では、税務相談を受け付けています。
税理士法人Real&Cloud
〒545-6032
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43
あべのハルカス32階
☎06-6625-0099
まで、お気軽にお問合せください。
前原 貴之(まえはら たかゆき)
1967年生まれ。税理士。主に大阪市内及び兵庫県内の税務署法人課税部門で600社以上の法人の税務調査を担当し、印紙税調査等の広域指導も担当。2010年7月に姫路税務署法人課税部門の上席国税調査官を最後に退官し、民間企業での経理事務の経験するとともに税理士法人で税理士業務を経験後、Real&Cloudグループに入社。税理士元国税調査官の経歴を活かしながら税理士として活動するとともに、助成金、労務に強い社労士と連携して、ワンストップサービスに心掛けている。
この記事へのコメントはありません。